「お前が居たから全階級、中京柔道部が国体選手になれたんだ」野井先生の言葉に涙。
私の柔道人生の中で、スタートは愛知県の老舗道場である「妹尾道場」。この道場で徹底的に鍛えられ、高校、大学と柔道を続けられる身体と精神を育てて頂いた。その道場の忘年会に顔を出した時のこと。
忘年会は50人以上が集まり、たくさんの先生方にご挨拶をさせて頂き、たくさんお酒も飲ませて頂いた。(汗)
その先生方の中で中京高校(現在は中京大中京)の先輩も何人かいらっしゃり、私は中京の西川先輩の近くでお酌係りを真っ当していた時のこと。お酒が進むに連れ、高校時代の話しになって行く。その当時の練習内容や、監督とのエピソード、学校内外の話しなど、面白く尽きない話しを聞かせて頂いていた。
「俺、パトカーで学校に行った事あるよっ」その言葉には驚いた。なんでも先輩が普通に学校に通学している時にパトロール中の警察官に呼び止められ、「本当に学校に行くのかっ!」と疑われた挙げ句、そのままパトカーに乗せられて校門はで運んでもらったというのだ。授業中抜け出して、練習中にお腹が空くのが嫌だったから、マウンテン(八事のスパゲッティー屋)でスパゲッティーやピラフを食って練習に出た、とか…。
私達の代でも、よく学校を抜け出し、吉野家の牛丼を買って来て食べてたりしたので、「当時から同じなんだなぁ〜」と納得もしながら聞いていた(笑)
また、練習中はとにかくマジメに稽古をした!と先輩はおっしゃっていた。私達の代はというと…試合前はガッチリ練習はしたがそうでない時などは見張りを付け、道場で野球なんかもしてた覚えが…(汗)
そんな当時の中京柔道部の話しが盛り上がる中で、西川先輩があることを教えて下さった。
「俺のひとつ上の代は国体で全階級が中京だったんだぞ」と。その当時の話しを野井先生(監督)と西川先輩が以前飲んだ時に話した内容で、西川先輩は野井先生に「どうして、そこまで強かったんですか?」と聞いた返事が、
「お前が居たから、全階級、中京の柔道部が国体選手になれたんだ」と野井先生から言われた。と教えて下さった。その時に西川先輩は、言葉が全く出ず、胸が詰り、一筋の涙が落ちた。と教えて下さった。
稽古は、本当にキツかったが、足らない分は自分たちで残っても稽古をした。学校の練習が終わったら、この妹尾道場の青年部で週3回ミッチリ練習してきたよっ。…と当時の話しは尽きる事が無かった。
私もこの妹尾道場で本当に稽古をした。そして妹尾道場出身の中京柔道部員として恥じない様に頑張って来たつもり。
今回、西川先輩と忘年会でゆっくりお話しさせて頂け、嬉しかった。忘年会に参加して良かった、と実感。
最後に「来年の3月に野井先生の退職パーティーで次は飲もう」と言って頂き、妹尾道場の忘年会は終了となった。
寒い金山の駅をひとり歩きながら、高校時代を懐かしく思い出し、道場での厳しかった時のことが蘇った夜でした。