朝7:35、相模原市ギオンアリーナ体育館裏で開門を待つ。
今日は幼児、小学生、中学生が対象の相模原市民大会の日。私は畳敷きからお手伝いをするため、早めの会場入り。
この大会には所属の中学生がエントリーしており引率と審判を掛け持ちながらの参加で毎年行われており、例年通りの準備に追われる。
畳敷きは4試合場をセッティング。これは夏の中学生県大会と同じ運びになっており、勝手もわかっている。審判ウェアーではなくて、ジャージに汚れて良いTシャツ。
広い体育館に畳を出す作業から始まった。ひたすら畳を出していく。倉庫から運んだら中学生らが指示に従い試合会場を組んでいく。
「赤畳が何枚足らない‼️」と言われれば、赤畳を出していき、それはそれはで朝から大量に汗が流れる。
毎年恒例の行事なので、何が一番キツい位置かはわかっている。
私はいつも通りに一番キツい位置で畳を出していった。通称若頭とふたりで畳をキャリーに積む作業をするが、マヂでこれがほんとキツい。
でも生徒たちが怪我なく一生懸命に頑張る場所だから、黙って畳敷きに徹底する。
この大会は相模原地区柔道協会の運営。協会の方々も数人手伝って欲しいなぁ…と心の声(笑)
「まあ、毎年の事だから仕方ないっすよね」と若頭も身体を動かす事を止めない。
誰のためでもなく、生徒たちのため。
畳を倉庫から出し終えた時には、ジャージだけでなく下のパンツまで汗でびっしょりになっていました。愚痴は、それくらいにして。
畳は中学生らがきちんと敷いてくれ、タイマーやテーブルをセッティング。私は敷かれた畳の目立つ汚れてを雑巾で拭き、終了。
汗が落ち着くのを待って、中学生のアップ会場へ向かう。一連のアップを中学生に指示し、中体連関係者だけでミーティング。
審判割りをしてから、エントリー者の確認、これで完璧に汗は引いた。
開会式が始まったタイミングで審判衣に着替えて全体ミーティングも終わる。いよいよ試合開始になった。
私が配属されたのは第2試合場。ケアシステムは準備されていましたが、3審制で審判員が3人。ジュリーは固定なので主審と副審を3人で回さなくてはならない。
自校は審判から抜けるルールだから、ほんと試合場からずっと出られない…。今日2回目の愚痴。審判員が足らない…。
自校抜けだから、第2試合場の自校生は4人でそれ以外はオシッコも行けないのだ。何とも言えない人数不足。これには参った。でも進行を止められないから、試合場から出る事が不可能…。
15試合ほど連続になり、さすがにトイレに行きたかったので抜ける。毎朝大量に水を飲む様にしているので、排尿だけは我慢したくなかった。
「風が吹くだけで痛い発作」を左足に抱えており、尿意だけは敏感になっている。慌ててトイレに駆け込み、出し切り再び試合…。
それでも14時頃には試合の目処が立って来たのと、第1会場が全ての試合を終えたので、そのタイミングでお弁当をいただく。
お弁当は相模原柔道協会さんが出して下りました。有難い。感謝です。ここで、しばしの休憩。
しかし、あまりゆっくりとは食べていられません。
小学生の試合が結構押しており、そちらのやっていない選手らが試合場移動となって、再び審判時間に。
審判のお手伝いも私にとっては奉仕。だから、やるからにはしっかりとやる。的確な審判をする事が我々はプレイヤーへの役目。気を抜かずに回ってきた試合も全て終え、任務終了となったのでした。
私は2度ここで愚痴ってしまいました。しかし、これまで一度も勝てなかった所属部活生が一本勝ちをしてくれ、その時の笑顔をみた瞬間、嬉しさしかなかった。
勝ち負けのはっきりしたスポーツ。武道である。生徒は嬉しさを顔に少しだし、勝ち名乗りをされていた。
中学3年間でこれまで一度も勝てなかった生徒が、引退試合となる本大会でラストに有終の美を飾ったのでした。これがあるから、頑張れる。これからも生徒の為に、身を粉にしてサポートしたい。
愚痴ばかりを先に書きましたが、実は本当に嬉しい瞬間に居ることが出来て良かったです。
私は今日は16時からお店を開けたかったので、15時に閉会式を待たずに帰ってきました。今は店でこの内容を書いています。
朝からの疲れなどありません。素晴らしい一本を見せてもらえ、最高なカンフル剤になったのでした。
大会閉場してから、畳の片付けがありますが、これは仕事の都合で抜けさせてもらいました。本当に申し訳ございません。
次の市民戦は確か市長杯で12月(だったかな)。「お手伝いしたら、生徒たちに良い事がある‼️」と信じて、また朝からお手伝いする気満々の私でありました。
大会関係者の皆様、また試合に出場された皆さん、お疲れ様でした。