【12月、怒涛の1週間開始】長崎県対馬へ忘年会を兼ねた旅。

つり

【12月、怒涛の1週間開始】長崎県対馬へ忘年会を兼ねた旅。


今年のヒラマサ取材遠征も今回のこれにて終了。そう決め、ホームグランドである長崎県対馬へと強行突破で向かったのだ。

何かと忙しい12月。師走の動きが周りでも始まり出し、あれもこれもで動かなくてはならず気持だけが先走ってしまう。でも海の様子を探るのが一番の目的。
ホームグランドの様子は毎月のチェックが重要であり、その動きを12ヶ月間することが小生に科せられた課題なのである。
とは言っても、今月は春田船長から「飲むぞ。忘年会だっ」と季節風が強いことを理由に言われたので胃腸薬を持参しての対馬入りをするのであった。

羽田から福岡までは瀬田兄貴と向かい、福岡空港で宮崎が生んだ農家アングラー「マー坊」こと深水聖晴君と合流。
対馬行きの飛行機は15時半。それまでの間、最近恒例となっている福岡空港往復送迎がある『月の湯』に行く。

ここでしっかりと汗を流し、夜の飲み会に備えるのだ。まずは露天風呂でゆっくりと読書。ただ…福岡空港に到着した際、あまりにも暖かい気温に驚いていると、何と12月なのに外気温が20度とある。どうにもおかしい気象に正直、海の状況が心配になる。
こうしたとんでもない気象時には、まあ見事に海の様子もデタラメになっている事が多いのだ。

それが心配でならなかった。爆風、小雨、高温な福岡。露天風呂で読書をしながらもこの先が気が気でなかったのであった。

さあ、お風呂にも入りスッキリしたので、対馬行きの搭乗口へと向かう。
今回は定刻通りに離陸したが、福岡空港から対馬空港までの上空は揺れに揺れた。せっかく『月の湯』でスッキリした身体も上空の揺れで冷や汗でべっとり…。当然、東沖はウサギが飛び跳ねている海況となっていたのであった。

対馬空港から厳原のホテルまで春田船長が送って下さり、今夜と明日の話になる。
どう考えても明日も朝一番の出船は厳しい、そして今夜の飯は鮨屋にしたい、と。出船時間はともかく、鮨屋さんか。それは楽しみだ。魚好きの船長が選ぶ鮨屋さん。どんなネタを食べさせてくれるのか、が最大の楽しみであった。

夕刻までの時間でタックルの準備をしておく。飲み終わったら、すぐに寝れば良いだけにしておけ。今夜は飲むぞ。そう聞こえてならなかった(笑)

18時。約束のお鮨屋さんがなんとお休みであり、それならば、と茶屋街を歩く。いつもの『汐路』も燈が灯っておらず…

ちっさいおじさんの店『だいぜん』に変更となり急いで向かう。

店内に入ると春田船長親子の姿が。奥の座敷にドジっと腰を下ろし、さあヤルゾ、の意気込みがグワッと伝わる。

『生、5つ。』すぐに運ばれた生ビールで一年のお礼を伝えて乾杯。そこから飲みが開始となった。

対馬産の旨い部位ばかりを集めた刺身盛り。魚好きの船長を唸らす刺身味だから、小生らも言葉数少なく箸を口に運ぶ。
西沖の赤ムツは甲子園夏の大会決勝で満塁ホームラン以上の感激であった。マグロやハガツオ、その他を引きつけることなくブッチギリの旨さ。

『釣りをしていて、良かった』
今年もそんなセリフが口に出来て良かった。魚の価値、魚の質、魚の旨味、どれも漁師から教わる。舌で覚えた贅沢は、舌が納得せねば脳に『旨い』と伝達しない。しかし、大皿に盛られた全ての魚種部位が、その旨味のピークをひとつずつ主張して飾られ、一年の埃をこの味で払い落としてくれたのであった。

大好きな芋焼酎『木挽』を2本簡単に空けてしまい、いよいよ喉も潤ってきたので次の店へと向かう。

対馬の茶屋街は対馬成人市民に対して利用影響する数が人数と店舗数とのバランスが取れない程多く営なわれている。

あるスナックのママさんから教えてもらった数値では、対馬成人男性が1週間6日を毎日1軒入っても全く満員にはならず、1日2店舗回ってどうにか少し街が潤うのだ、と嘘か定かかはわからないが飲みながら聞いたことがある。

確かに茶屋街に出た際は居酒屋でやり、スナックでやる…これで翌朝が完全に時化、オフと分かれば2軒、3軒とハシゴ。3年程前の対馬忘年会時は、6軒までは覚えている。26時のホタルまで飲んだわけだから、スタートはまだ薄暗くなる前。あの時は、3日間酔っていた記憶すらあり、今夜は気を付けなければ、と注意を計りながら二軒目に突撃したのであった。

しかし。
気持ちの勢いは変わらなくあるのだが、春田船長、小生、昔の様には飲めない身体になっており、3軒目で終了。もう限界であった。

元気ある船長長男に連れられ瀬田の兄貴は更に進んでいった。翌朝はかなりゆっくりの出船なので、それだけが救いだ、とベッドに倒れ込み朝まで私服姿でくたばっていた小生でありました。

続く

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