『息子との、高校生活最後の試合』 試合の模様はYouTubeにリンクしてあります。
5年前の3/10に1回目のガン手術を受け、翌日病室で北関東大震災を体験した。まだオペからずっと点滴をしていた状態であり、あの時は正直『こんな状況で、こんな大地震だなんて、なんて付いてないんだ…』と思った。
病院に直ぐ家族が来てくれ、安否も確認出来てホッとした事を思い出す。
その時、長男は中学2年。闘病生活を終え退院してリハビリで道場に通う様になり、長男との柔道をする時間も増えて来た。
県大会も終わり、進路を柔道で進学する事になった長男は、休まずに道場へ通い、つい先日高校生活での柔道部を無事終えてくれた。
私は、高校生活最後の日に、長男と試合をする事を決めていた。
『勝ち負け以上の、柔道』がしたかった。
長男の高校柔道生活を親として振り返ると、柔道をする環境に恵まれ、素晴らしい監督とも出会え『強くなる』事へのレールは抜群な状況であった。
しかし、柔道を通じた仲間からの裏切りなど、予想を超えた至難もあり、長男の柔道生活が順風満帆ではなかったと言える。
でも、1年生から、3年生の卒業式まで引退してからもバイトひとつせず部活を休む事なく続けたのは親ながら、彼を褒めてあげたいし、誇りに思う。
普段2人っきりの時は、口数の少ない長男。
でも、柔道の事、大好きな監督の事などはたくさん話してくれた。
大学は、高校時代の後輩が最大の配慮をしてくれ、強豪大学に進学する事も決まった。
親として、あと何をしてあげられるか…。
それは、胸を張って大学に行かせる事。
私は、地位も名誉もないバカな親。でも、そんな息子の成長を身体で受け止めてやりたい。全力で彼の成長を感じたい、そう思い、卒業式の前日、仕事の都合を付けて彼の高校へ。
長男は、卒業式前日まで稽古に参加していた。その日の朝、私は何も言わずに彼を見送り、高校の道場へ行ける様に仕事を済ませた。
道場に入ると、ジャージ姿の長男が『はっ?あれ?何しにきたの?』そんな顔で見ている。
道場をお借りしたく、卒業式前準備で忙しくしている八巻監督に使用願いをし、長男に伝えた。
『最後の試合をしよう。道衣に着替えて』
いやいやな顔で着替え始めた長男。
2年のキャプテンに主審をお願いし、2年の部員が副審とタイム係をすすんで引き受けてくれた。
『礼。はじめ!』
長男とお互いに礼をして、3分間の試合が始まった。私は、本気で投げてやる。その気持ちで向かいあった。長男も、本気なのがわかる。
最初に有効で試合を優先したが、背負い投げで技有りを取られ、私は負けた。嬉しい負けであった。
カッコ良く言えば、私が勝って「大阪で強くなってこい。」と言いたかったのが本音(笑)
2年のキャプテンが長男に勝ちを表した時、大きな拍手が広い道場内に響いた。八巻監督、柔道部員達がたくさんの拍手をしてくれた。
長男にも、私にも。
実は、この時たまらなく泣けてきたのだが、絶対に涙を見せない様にした。
長男は、強く大きくなって高校生活を終えてくれた。八巻監督、須貝顧問、柔道部員に感謝。
感謝しか、ない。
長男に涙を見せるのは、…その涙は、大阪で更に鍛えられ全国大会の切符を手にした時までお預けにしたい。親として、まだまだ支え続けていきたいし、その涙を流せる日を期待して、送り出したい。
息子は、私との試合翌日、卒業証書を手に、無事高校生活を終え、大学の集合まで変わらなく柔道を続けてくれている。
大学では、社会をもっと学び、人間形成に努めて欲しい。
柔道で息子の成長を全身で感じ取れ、私は本当に贅沢な親だと思う。柔道に感謝。
それに応えてくれた息子にも、感謝したい。