京都学園大学監督と、夕食

よもやま話

大阪で諸用を済ませ、長男と「パタゴニア京都ストア」へ行き1時間程遊んで来て、私はそのまま京都駅へ。
長男は亀岡市の実家へ。次の予定に向けて動き始めた小生。
実は亀岡で恩師にご挨拶と計画を立てていたのだが、恩師に連絡したところ「じゃあ、京都駅で会おう!」ということになり…。
ご挨拶に向かったのは小生の出身大学である、京都学園大学の柔道部監督、橋本禎万先生
先生とお会いするのは、5年ぶりかなっ?いやもっと前だ。そんなこともありご挨拶をして来ました。
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京都駅周辺で居酒屋を捜すが、結局一番入り易いチェーン店「笑笑」へ。
乾杯から始まり、恩師の近況を聞き、ビールから芋焼酎のお湯割りに移った頃、やっと小生の近況を話すタイミングに変わりました(笑)
まずは長男を柔道で大学へ進学させる報告、最近の柔道環境の出来事、当時の自身を見失わない様にする気持ち、などなど先生とたくさんお話しをさせて頂きました。

お酒の量が重なるに連れ京都学園大学柔道部が6月の全日本学生に出られなくなった要因や、20年続いた柔道部寮の廃止、たくさんの柔道部員が起こした問題によって大学側からスポーツ特待、推薦学生への枠縮小、等々。
当時を振り返ると…先生が話し始めた。
「1回〜4回生まで約30数人をふたつの柔道部寮で生活させ、大学生といえど、血の気の多い元気な学生ばかりであったので、それなりにムチャムチャな部分はあってしょうがない。でも、ひとり(橋本先生)で全てを面倒見て来て、やっぱり楽しかった。苦しかったことも多かったが、高校時代無無名の選手を全国大会に出場させた時の喜びは、忘れられない。」
…と先生が潤む目で、時間を忘れて語って下さり、私も指導者の端くれとして、意識高くひと言ひと言に耳を傾けさせてもらいました。
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確かに、私が1回生の時の2回、3回、4回生の先輩方の出身校を聞いたら、強豪校ばかり。
でも、その中で全く聞いた事のない高校名もあったが、その無名校出身の先輩も特練に入ったり、東西対抗に選ばれたり、全国体重別に出場したり、関西国際交流試合のメンバーに選ばれたりして、その姿を見て来た。

今は柔道部員も本当に少なく、「顔を出してくれ」と最後に言われた。
離れてるとはいえ、胸を貸しに出向かなかったことに恥じる。この日たくさんのお話しをさせて頂き感謝の言葉で、先生とお別れして来ました。
次の帰郷時は、釣り竿だけでなく柔道衣も持参するように致します。
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帰りの山陰線の中で…
息子を大学へ送る、この歳の自身。
高校を卒業し、京都へ父親と来た、あの頃。
私を連れて、大学の柔道部寮で説明会を聞いてくれた、父親。

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18歳で京都の柔道部寮に入っての生活だったんだ。いつしか、もう息子がそんな歳になったんだ。
しみじみ思った。

そんなひとつひとつを、ゆっくり思い浮かべ、降りた亀岡駅周辺の居酒屋でひとり軽く飲んできました。

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