【ファイヤーキング】古きアメリカ品最高!マグカップの握り難さが味なのだ。

スタイル

【ファイヤーキング】古きアメリカ品最高!マグカップの握り難さが味なのだ。

沖縄本島の嘉手納基地周辺でアメリカ軍払い下げ品を見に行っていた頃に大きな木樽の中でいくつも重ねられる様にしてタダ同然の様な価格で安く売られていたのがこのマグカップ。

小生「ファイヤーキング」だなんて知識は当時無く、見て触り素直にこれ可愛いじゃん。と纏めて購入したのがキッカケであった。
那覇生活年間100日の頃は本当に何度も嘉手納基地周辺の払い下げ屋に行った。アメリカ軍が着用した軍衣服はお店で販売等もしていたので(今はしておりません)それを探す次いでに、と足蹴に通い、どちらかと言うと家具やアンティークものを見て回るのが楽しかった思い出が深い。

コカコーラのトタン看板やアメリカアニメのポスター、もちろんプレスリーやらマイケルジャクソンなんかの飾り物、それに茶箪笥やらオルガン、ミシンなんかもかっこ良かった。
ソファーはたまらなく欲しかったが、輸送運賃が莫大であり、断念。
そんな小生にとってアメリカ軍払い下げ屋は「宝物エリア」であるのだ。

そもそも「アメリカ軍払い下げ品屋」が好きになった理由は20歳の時に父親とふたりで沖縄の旅に来た時からであった。

頸椎に大けがをして精神的に不安定でノイローゼ気味であった小生。これから先をどう考えようか、というタイミングに父親が中日ドラゴンズの取材仕事で沖縄入りするということに便乗し、10日間ほど沖縄本島に居たのだ。

父親は石川球場など、プロ野球のキャンプで記者と動いており、その間小生は自由の身。この時のひとり沖縄本島放浪が今でも癖となり抜けないのだが、そこで「アメリカ軍払い下げ品屋」に惚れ込んでしまったのだ。

ジッポーライターやレイバンサングラス、ミリタリーナイフに軍ウォッチ。ドックタックだっていっぱいあった。
もちろん「MA-1」「N-2B」「N3-B」皮ジャンなら「G-1」といった今なら誰でも知っているミリタリーモデルが安値でいくらでも売っていた。全て今では考えられない値段で、だ。

どれもモノは古いが全てが新鮮なモノばかりで一日中「アメリカ軍払い下げ品屋」にいても飽きなかった。
また6畳ほどの部屋全てにリーバイスが掛けられ、その1本ずつも恐ろしく安い。頸椎のケガで100kgあった体重は62kgまで落ち、Gパンのサイズも36インチから28インチまで落ちて、ここぞとばかりにデニムを探した覚えがある。

その時、古いデニムに興味があったので501を探しまくっては程度をチェックし、何本も「ヤラレ感の違う」リーバイス501を購入した。
そしてその時に夢にまで見たレアなモデル「701」が偶然にもあったのだ。
札値は1300円だったかな。もっと安かったかな。確か、店の人に値段を交渉して1000円位で購入した事を覚えている。

その「701」は当時20歳だったからレア中のレア。これを見つけたのには度肝を抜いた程であったのだ。
それ以来「アメリカ軍払い下げ品屋」は本当によく通うし、今でも那覇の友達に聞いてもらえば分かると思うが、時間があれば「人気のない、キタナい払い下げ屋に行こ!」と誘ってしまう程。
そんな趣味があり「ファイヤーキング」との出会いがあったのだ。

当時の沖縄本島滞在放浪記はまた後のネタとして、我が家にある「ファイヤーキング」ネタ。


「このマグって、本当に持ち難いよね」女房が言う。
「英語のDの様なカタチ」をした握り。あの大きな身体のアメリカ人はこのマグカップできっと薄いコーヒーなどを飲んでいたのであろうが、誰ひとり「握り難いよね」と言わなかったのだろうか。

スターバックスで販売されているご当地デザインが描かれたマグカップは容量も大きくてガブッガブッと飲め、当然カップの握り手も掴み易い。
手の小さな日本人でも「英語のDの様なカタチ」はお世辞にも握り易いとは言えず、控えめな日本人でも我慢の限界があるほどの不便さ(笑)

そう考えると、そうか!だから木製の樽に山積みになって「持ってけ!ドロボー」的処理方法で店先に置かれていたのか。

でもね。色。色が良いんですよ。
ミルクがたっぷり入った甘い甘いチョコレートの様な茶色や渡名喜島の海を思い出させる様なスカイブルー、お抹茶かの様な、ハッキリしないグリーンに、少女のハイソックスの様な純白のマグ。

思い出すと、確か黄色や他の色も山盛りあったし、お皿や長方形の「ゼリーかグラタン」でも作る様な同じ素材の容器もあったはず。
それらを掻き分けて持てる範囲の使えそうな色だけを適当な数だけそこから抜き取って、それこそ「これだけを全てで何百円!」な買い方で購入し、持ち帰って来たのだ。

数年前に再びそのお店に行ってみるとオモテの木製樽もなければ、山のマグカップも無かった。
その代わりに店内のアンティーク食器棚にゴミの様に扱われていた「ファイヤーキング」は小忠実に値札まで貼られ、きちんと整頓されて販売されていたのだ。

顔に覚えがあったのか、店主がマジマジと「ファイヤーキング」を見ている小生に寄って来てこんな事を言ってくれた。「アノ頃の扱いはゴミの様だった。今はマニアが居るんですよ」と沖縄ナマリも対外にしないといけない位の訛りで言う。それでもひとつ(ワンカップ)600円だったかな。700円だったかなっ。

「内地からわざわざ購入しに来るんですよ。」店主が嬉しそうに言う。
そうなのか。需要があるから値段も上がる。どの世界でもこれは同じこと。店主がさんぴん茶かコーラかどっちが良いか?と聞かれ、さんぴん茶を頂きながら、現在の「ファイヤーキング」事情を話してくれ、払い下げ品も最近は少なくなった、と教えてくれたのだ。

そもそも「払い下げ品」とはコンテナひとつを全て購入し、中身が何かはわからないままで引き取る購入の仕方だそうだ。
その中にはそれこそ基地で生活されていた時の日用品から衣類、レコードやら何があるかわからない。その中を「宝物探し」の様に店主が仕分けし、値段を付けて販売するそうで「ハズレ」の場合もあると笑った。

「アタリ」の時は何?って聞くと軍の位の高い将校さんが本国に帰る時に出た排出物だそうで、生活基準の違いが排出物でも大きく違いがあるのだ、とこれも沖縄ナマリ豪快にコーラを握りしめながら話してくれる。

ドレスや皮のジャケット、冷蔵庫などもデザインが素敵なものも出るそうである。そんな話しを聞きながらつい値上がってしまっていた「ファイヤーキング」をふたつほど購入し、お店を出て来たのである。

そんな思い出が詰まるのが小生が大好きな飲み難い握り手の「ファイヤーキング」
我が家は誰ひとりこのマグカップを好んでは居ないのだが、こういったエピソードがこの飲み難い握り手の「ファイヤーキング」には刻まれているのだ。
今日は「ファイヤーキング」でインスタントのカフェオレを飲みながら、今回の「ファイヤーキング」ネタを書いていました。

タイトルとURLをコピーしました