【パプアニューギニア・ニューブリテン島】夜に迫り来る日本兵。
『ケイ!ケイ!』小声で現地ガイドのアルイス(仮名)が小さな石を床上小屋の壁に当てながら小生を呼ぶのが日課であった。
パプアニューギニア、ニューブリテン島。
ここはポートモレスビーまで国営機であるエア.ニューギニ航空で入れば直行で済むが、エア.ニューギニ航空は一週間に1便しかない。シンガポール航空でチャンギ国際空港で乗り換えてポートモレスビーまで入るコースの方が当時の日本からはアクセスが良かったのだ。
ポートモレスビーからは、小さなプロペラ機をチャーターし、それに仲間数人で乗り込み日用品や食材から何から何まで詰め込むのだ。それでも足らないものはポートモレスビーのスーパーで現地調達しての移動となる。
チャーターしたプロペラ機は、上空まで登るとやたら機内が急激に寒くなって来た。
(この写真はポートモレスビー※P.N.G首都ジャクソン国際空港)
それもそのはず。薄い薄いアルミか何かで出来たプロペラ機で隙間などもある。こんな機材で中途半端な上空をフラフラと飛ぶものだから、飛行機の恐怖と上空外気の低温化で最悪な気分であった。
草むらにゴロゴロした石が滑走路に普通に残っているニューブリテン島のラバウル飛行機発着場に到着。
ここは第二次世界大戦時に日本兵が作ったものをそのまま使用し、今も島の大切な場所となっている。
荷物を降ろし、早速ロッジへ。
ロッジと言っても、水道も無ければ、当然電気もガスも無い。電気は夜2時間だけ発電機で明かりが灯る程度。
寝床は太い木が4本柱となり、それをバナナやヤシの葉で覆わう程度のもの。カヤが有るだけ嬉しいのだ。
それでもいつ壊れるかわからない程の朽ちた木製ベッドがあるから感謝か。
(20年前の小生。若い。このベッドで生活していたのだ。虫だらけ、である)
ここで8日間生活する。
湧き水で身体を洗い、湧き水をガブガブ飲み、湧き水で米を研ぎ、湧き水で洗濯をする。面白い生活がスタートした。
しかし、ローカルのワルは人の腕より長い刃物をチラつかせ最初に威嚇して来た。
シンガポール免税店でマルボロを2カートン購入するのは、こういった『ヤカラ』とのファーストコンタクトのため。
マルボロを一箱渡す事で8日間の治安は確保される。
この流儀をケチるととんでもない災難になる事も過去の経験と先輩からのお教え。的確な判断と行動に安心する。
(この小屋で生活した。)
その夜もアルイスは小生の寝床にやって来た。
枕元に置いてあるタバコが目当てなのだろう。蚊帳の中でジッとする小生。波の音を聞きながら声を掛けて来るのを待っていた。しかし、おかしいな。近くまで来てるだろうアルイスがいつまで待っても来ないのだ。
ただ、確実に人の気配はしている。4人で寝ている小屋の屋根に小石が投げられた。「来たなっ」しかし、来ない。
イヌが遠くで鳴く。それまで夜イヌが鳴く事なんて無かったのに…。
小屋の回りを歩く気配がする。枯れ葉を踏む音がするのだ。その足音だけが近づいて来る。明らかに何かの気配を感じる。
なんだか気色悪くなって来た。目を瞑る。耳だけは傍立てて気配を感じ取る様にする。「ザッ。ザッ。」人が歩く。
この気配は一体何だろうか。
「ザッ!ザッ!ザッ!」集合体の様な集まりが近くなって来た。おかしい。絶対におかしい。明らかに人数が違う。
草木を踏む数人の足音がする。もう、ひたすらジッとしていた。
そして「ザッ。ザッ。ザッ!」の気配は私の蚊帳横まで来ている。耳をそば立てる。しかし聞こえて来るのは破れた網戸の先の波の音だけだ。
そっと。そっと、頭を網戸の方に向けて目を開く。
「ぎゃぁ〜!!」ロッジ全体に響き渡る声を発した。
そこで見たものは、破れた網戸の枠全てに日本兵の顔が重なってこっちを見ているのだ。
もの凄い数の日本兵の顔。顔、顔、顔…。その全ての顔が私を見つめている…。そして、消えた。
同じ小屋で生活していた仲間も一部始終を知っていた。「慶ちゃん、大丈夫かっ」小屋のリーダーが声をかけてくれるが、興奮した私は声を発することも出来ない程震え上がり、大量の汗を流していたのであった。
それから眠る事は出来なかったのは当然のこと。朝、他の小屋で生活していた仲間から言われたのだ。
「慶も見たか…。」
どうやらこの地は第二次世界大戦時に日本兵が大量に亡くなり、今だ無縁で彷徨う魂がたくさん浮遊していると言う。
ラバウル航空隊はこのニューブリテン島で基地を作り空域に展開して戦闘に参加した地域であり、たくさんの死者があった場所。
今も日本から終戦記念日に因んだ時期は慰問団が訪れており、それだけ戦争時は激しかった場所であるのだ。
私はこれだけで済んだ。しかし、年上の仲間はそのまま日本までその不可解な現象をずっと引きづり、毎晩ベッドで恐ろしい怪奇現象に悩まされ遂にはお祓いしてもらうこととなったのだ。
本当に怖かった。本当に震え上がった。そして、この体験をしたのが私だけでない事が何よりも恐ろしいことなのであった。
●パプアニューギニア(P.N.G)渡航回数 7回
●国内通貨:キナ