【次男とインドネシア旅】反抗期直前‼️仙石道場へ。少年柔道国際交流会 12/8

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 3

【次男とインドネシア旅】反抗期直前‼️仙石道場へ。少年柔道国際交流会 12/8


『ミーゴレン、また食べに行こうよ』朝から次男に言われた言葉であった。

我が次男、ドえらくミーゴレンが気に入ってしまい、さっそく朝から食べたいんだそうでリクエストしてきた。
それならば、とプールサイドで朝のコーヒーを済ませたら、早速バイクで二人乗りをし喫茶店?(笑)へと向かったのだ。

そこは、宿からそれほど離れてなくバイクで簡単に行ける距離。抜け道沿いにあるカフェでモーニングをいただくのだ。
夜はBarとなり、ゆっくりお酒も飲める雰囲気であるが、今回は小学生同行。飲み歩かない、と決めていたので朝カフェを楽しむのであった。

カフェではフルーツジュースもお願いした。次男はバナナジュース、小生はアボガドジュース。これ、どうやらバリ島旅で鉄板になりそうなスタイル。

それに合わせて、ナシゴレンとミーゴレンをいただいたのだ。
初日は仲良くおとなしく、程度でスタッフとオバイビーし太田さんをホテルで待つ。

日本から持ち込んだ中古の柔道衣やトレーニングシューズ、それに自身が着用する柔道衣を準備。

午前中にクロボガン地区から出てウブドまで向かう。ウブドで軽く観光し、その先にある「ゴアガジャ寺院遺跡」を見学。
午後4時からの交流会〜練習に間に合う様に3時には道場へ到着しておきたい、というスケジュール。

約束の時間に太田さんが迎えに来てくれた。ホテルから一路ウブドまで走る。
近年、バリ島の交通渋滞には年を増すごとにひどくなっており、島内を広く動こうと考えると、1日仕事となってしまう。限られた日数で何を優先し、どう行動するか、を的確に判断しないと日数の少ない今回の様な旅は成立出来ない。

規則正しく行動をする。久しぶりにウブドに行ったが、以前に比べてとにかく人が多くなった気がする。
大型観光バスも目立ち、アジア圏からの観光客が大勢動く姿を見て、それまでの落ち着いたウブドの雰囲気は感じられなかったのが感想。

ウブドで昼食を取り、次男はまたしても「ミーゴレン」と「バナナジュース」。本気でこのセットが気に入った様子だ。

美味しく頂き、少し街並を歩いたが、そのまま「ゴアガジャ寺院遺跡」へと向かうことにした。

「ゴアガジャ寺院遺跡」は小生2度目であり、5年前に初めて来た時はガン闘病生活後であった。あの時「完治出来て、ありがとうございます」そう気持を伝えたことを覚えており、今回も「あれから再発(ガン)も無く、感謝しております」と手を合わす。

気持を整えて手を合わすとなぜだか身体にギュッと強いエネルギーが宿った気がする。

「パワースポット」で人気の「ゴアガジャ寺院遺跡」。素晴らしいチカラを与えて下さったと思いたい。次男もキョロキョロしながら遺跡の壮大さに背筋をシャキッとさせていたのがわかった。

さあ、ギャニャール地区に向かう。ここに仙石先生の柔道場がある。この場面を導いて下さった徳間先生もいらっしゃる。

「ゴアガジャ寺院遺跡」から車で20分ほど。渋滞もなく、iPhoneのナビゲーションを頼りに車を進める。田んぼ路に差し掛かった。そこを左にいけ、とiPhoneナビゲーションは指示を出している。

「本当にこの先に柔道場なんてあるのか?」正直、そう思ってしまった。
田んぼ、田んぼ、アヒルが群れてあるいていて、その先にロッジしか見えない。でもこの辺りの住宅はここしか無いし、ね…そう大田さんと話しながら進んでいく。

大きな門を抜け、車を停止した。日本人らしき方がいらっしゃり、大きな声でご挨拶をしてみた。柔道場主、師範8段の仙石先生でした。
しっかりとご挨拶出来てよかった。次男もすぐに車から降りて来て、仙石先生にご挨拶。そして奥の広間から徳間先生も登場。

「いやぁ、本当にここでお会い出来て嬉しいです」徳間先生も嬉しそうだ。

大田さんを紹介し、早速「柔道衣」をお渡しする。相当な数の柔道衣なだけに、サイズ毎に分け、子供用、大人用と説明しながら渡していく。旧くなった白帯も喜んで頂けた。

柔道帯がなく、日本から持ち込んだ白帯を染め粉を使い、色帯を作って上げ、道場生の進級に使うのだと教えて下さった。
吉原道場の吉原理次師範からのご好意で柔道衣、それに日本工学院八王子専門学校からのご好意の柔道衣も渡させていただいた。

本当に仙石先生は喜んで下さり、ここまで運んで来たことが無ではなかった、と小生の様なものも、柔道貢献が出来て良かったと感じる。

練習は4時から。80人近い小学生から高校生までの生徒が在籍しており、今日の練習も大勢の生徒が参加してくると徳間先生から教えていただいた。

バイク、徒歩、自転車、それぞれの手段で道場にやってくる。

「スラマッ ソレ」と挨拶してくれる。我々日本人は仙石先生からは「日本語で挨拶して下さい。」とアドバイスをいただいた。
柔道の技の効果や開始、それらは全て日本語で世界共通となっている。だから日本語での挨拶は今回の様な交流会では現地の生徒達に刺激となるのだと。

ただ、次男にはインドネシア語で自己紹介をさせる様にした。
「ナマ サヤ テン ヒラマツ(名前は平松天です)。クラス ンナム(小学6年生)。」小生もインドネシア語で少し自己紹介をして交流を深めた。

仙石先生の道場は正規試合場が2面余裕で取れるほどの広さで、小生が感じたのは京都の武徳殿を思い出す様な作り。

日本でこの柔道場が出来たら、それこそ本当に素晴らしい柔道場だ、と言える素晴らしさ。

これを全て仙石先生が作られたのだとお聞きし、それ以上に驚くのであった。宿舎も自宅もそしてこの柔道場も全て仙石先生が出資して作られたもの。柔道の為に全てをここへ捧げた先生の姿だけでも尊敬してならない。

練習は日本と当然同じ礼法から始まり、そして補強トレーニングも含めたスタートであった。次男もみんなと同じ様に参加させていただき、その後は寝技、寝技が終わってからは立ち技の打込みを中心とした練習、乱取り、と続いたのでした。

最後に全員とまた挨拶し、今回の少年柔道国際交流会は終了。2時間ビッチリと稽古させていただけ、バリ島の子供たちと交流が持てた次男は、生涯忘れられない思い出となったと思います。受け入れをして下さった仙石師範、徳間先生、また道場のコーチ達にも感謝です。ありがとうございました。

練習後は仙石先生自宅のプールで身体をアイシング。次男はずっとプールに浸かり、興奮気味にプールを楽しんでいました。

夜は、仙石師範、徳間先生とデンパサールに出て、晩ご飯。太田さんは仙石師範との共通な友人も居た様で、会話も繋がり良かったです。
これからのバリ島滞在時は柔道衣持参は決定的となりました。もし柔道衣を持ってこれなくても、実は小生の柔道衣も仙石道場に1着寄付して来たので、その時はそれを使わせて頂くことも可能だっなんて甘い考えを持ったりしての懇親会。

鶏肉をガッツリといただき、素敵なディナーで終了となりました。

仙石師範、また徳間先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。釣り仕事でバリ島に戻った際はまた道場にお邪魔させて頂きます。【柔道からの出会いとご縁に感謝】です。

続く

※(仙石道場住所)【ギャニャール地区】
★場所《Sengoku International Judo Hall Bali Buruan, Blahbatuh, ギャニャール バリ 80581https://goo.gl/maps/usqrZ1TSK4S2 》

スポンサーリンク
patagonia
パタゴニア
patagonia
パタゴニア

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

keitanhiramatsu