【太刀魚(タチウオ)みりん干し、懐かしの味】勘七丸、思い出の味に胸がつまり。
静岡県沼津港より夏はシイラを狙い、秋はカツオにキメジ夜はタチウオ、そして冬はバラムツ、アブラソコムツと1年を通じてお世話になり、また10年ほど前まではサンスポAPCで毎週サンケイスポーツ新聞に記事を掲載していたので、サンスポ提携船でもあった勘七丸は色々な場面でお世話になりっぱなしであった船宿さん。
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それこそ大昔は釣りビジョンでタチウオゲームの撮影をしてもらい、海外からではインドネシアの人気番組「MANCING MANIA(マンチン マニア)」(2017年1月20日頃、現地放送)の日本ロケでも勘七丸さんでお世話になった。
本当なら富士山が映像に写りこむのがインドネシア側のイメージであったのだが、ロケ当日は雨…。それでも芹沢潤二船長は気持ちよく船を出してくださり、ロケが成功した思い出がある。
芹沢潤二船長(同い年)とはSNSフェイスブックで繋がっており、沼津港からの釣果などを毎度UPされているので、それを指を咥えて確認してしているのだが、つい最近の投稿で、懐かしいものを掲載されていたので私もコメントしてしまったのだ。
それは先代の大船長が作ってくれては、届けてくださっていた「タチウオの干物」。毎年お正月をすぎると、大船長が当時勤めていたWILD-1厚木店に遊びに来てくださり、その時に必ずタチウオの干物をお土産に下さっていたのだ。
我が家は長男と女房がとにかくこのタチウオの干物が大好きで、いつも喜んで私の分まで食べていたほど。
釣りに出かけ「今日はバラムツ行ってくるから」というと「タチウオの方が、ええやん〜」という始末。それほどタチウオは美味しかったし、大船長から渡される干物を楽しみにしていたのだ。
大船長が他界され、それからしばらくは船に乗船することもなかったので、タチウオの干物もご無沙汰であったのだが、潤二船長が偶然にもフェイスブックでタチウオの干物を作っている姿を掲載され、速攻で反応。
「大船長の味っ」て書いてしまったほど、懐かしかったのを潤二船長が読んでくださり、それなら送るよ、と嬉しいプレゼントでサプライズ。これには女房も大喜びだ。
次男はこのタチウオ干物の味を知らない(覚えていないはず)ので、一番に焼き立てを食べさせてあげたかったのだ。
送られてきたタチウオ干物を早速魚焼きグリルにて火を通す。弱火で軽く炙る程度。焦げ目をつけないように気を使い、優しく焼く。その間に白米などを茶碗によそい、焼きたてのタチウオが食べられるようにしておく。
焼けたタチウオを食卓へ。醤油も塩も、何もいらない。そのままかぶり付く。
「絶品…」口いっぱいに優しいタチウオの身の味が広がり、生臭くなく少し甘いみりんと白ゴマがこれまたベストマッチなのだ。白米の上に乗せ、ご飯とタチウオの干物を一緒にがぶりと口に放り込む。骨はキレイに捌いてもらっており、全くないからガツガツと白米が進む。これだよ、大船長の時から変わらない味。
懐かしい味。勘七丸の味。あの頃の釣りの様子が口に含んだタチウオから思い出される。
20代の頃、大船長にマグロの狙い方を教えてもらった。メタルジグをキャストして狙うキメジの食わせ方やナブラの投入位置を学ばせていただいた。デカいシイラのやりとりもずっと見られていたし、取り込みのタイミングも息を合わせる大切さを教えていただいた。
潤二船長が新しい船の舵を持った時も私は大船長の船。いつも大船長から「平松よ、平松よ。」と可愛がってもらった。口の中に広がるタチウオの味。これは勘七丸の大船長の味と沢山過ぎる思い出を噛み締めながらの胸が詰まり涙がうるむ味でした。
ありがとう、潤二船長そして勘七丸の皆さん。またタチウオ釣りに行かせてもらいますねっ。