恐怖の心霊体験…PNGで再会だなんて。ベッド周りに囲む日本人…。

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恐怖の心霊体験…PNGで再会だなんて。ベッド周りに囲む日本人…。

パタゴニア

1995年に初めて訪れたパプアニューギニア。その神秘的魅力に取り憑かれ、後に2度、3度と足を運ぶようになる…。

気付けばパプアニューギニア(以後、P.N.G.)渡航時には必ず何かが起きたり、感じてしまったりと冗談抜きに震え上がる『怖い体験』をしてしまうのだ。

P.N.G.だけでなく、サイパンや沖縄本島もよく感じてしまう。オーストラリアや台湾や韓国などは本当に何も起きないんですよね。だから余計に怖いし、記憶が鮮明に残っているんです。

第二次世界大戦で日本国がどのような戦争であったかは、社会の時間に学んだ程度でしか私はわからない。しかし旅で訪れるエリアで日本軍が派手に攻めた国や、戦いで辛い戦地である国や場所ではほぼ確実に何かが起きている。

サイパン島のバンザイクリフ前で突然頭が割れるほど痛くなったり、その夜に人影に追われたりする気配がずっと続いたりして、古い出版物のページを掲載しながら当時のサイパン釣行記を読んでいるだけで鳥肌が止まらなかった。

マンブー(前田学キャプテン)とも海外へは一緒に何度も行ったが、今回のP.N.G.でも一緒だったし、沖縄本島でよくサーフィンをするスーサイド沖でも私だけ突然体が重くなり、頭が痛くなることも知っていた。何故なのかは私はわからない。

しかし、こうした過去の内容を必ず思い出させられるような勘が伝わってきて具体的な表現に仕向けられている。私はそう思って今回のP.N.G.恐怖体験も書いています。

何度目かのP.N.G.旅時に、大先輩(スポンサー社長、則さん)から言われた事がある。「慶、P.N.G.に入る時は、必ず塩を持て。塩を宿に着いた時に四隅に盛して、手を合わせろ。」日本兵が夜中にやって来た体験を本やCSチャンネルでも語ってきたりしたが、それが大切なのだ、と。

パタゴニア

それをしてからのP.N.G.旅は恐怖体験がなくなったのだが、もしかして私の気持ちがそうさせているのか?そんな事を考える時もあった。ホント、本当に塩盛りをすると、気持ちが治るのか、夜何も起きない。こうして書いているのは、その塩盛りをすることが知らなかった時の話。

最近ではよく長崎県対馬や釣旅に一緒に行く宮崎農家アングラーからインドネシアに行った際、部屋であることが起きて、その時にやはり塩の話になった。

インドネシアのラブハンバジョのホテルで2人でいる際、人の声がずっとしている。宮崎農家アングラーは急いで塩を手に乗せ、それを舐めて心で気持ちを無にして手を合わせた、と言っていた。

翌朝に手渡されたお浄めの塩袋。お葬式などで帰りに体に振りかける塩を旅先に持参し、何かあったらそれを使え、とおばあちゃんから言われたのだ、と本人から教えてもらった。

スポンサー社長様にしろ、宮崎農家アングラーにしろ、共に旅先での塩はいつも携行していることから私も近年ではそうしている。

今回P.N.G.で起きた怪奇体験は、2000年。私達は大きなファミリールームに部屋で分かられ配置されたベッドで二人ひと組で休むことになった。5人旅だったので私とマンブー兄貴と柔道部同級生。

ベッドには各ベッドに蚊帳がかけられ、エアコンも完備されたリゾートホテルだ。晩御飯を街で食べ、ホテルのセキュリティーをガイドにつけて夜は行動した。

ホテルから出ると相当な危険が当時はあった。街までの道は街灯などなく、ほぼ月明かり。ホテルのセキュリティーにレストランまでの往復をお願いしそれ以上の無駄な行動は出来ない。

日中に購入したビールで夜はみんなで部屋で盛り上がる程度。それが楽しみでもあった。私は灼熱な太陽光と肉体的は疲労で早々にベッドに潜り込んだ。

みんなが話しながらの笑い声も子守唄のように聞こえ、いつしか爆睡に。どうだろう、2時過ぎなのかなぁ。気付いた時には部屋の電気は当然消され、エアコンの音だけが少し聞こえた程度。

なぜ起きたのだろうか。まだ十分に眠れる時間なのに、真夜中にひとり起きてしまった。

「えっ?」薄いシーツを引っ張る感じがしたので、そちら側をみた。「えっ?」そこには何もない。蚊帳の中でシーツは覆われているので誰かが悪戯で引っ張って…という行為は起きないのだ。もう一度、引っ張られる感じがした。直感で「マジか!!モシカシテ」っそう感じた。

シーツを頭からかぶり、身を縮めた。シーツが引っ張られたらわかるように、身にまとわり付けてぎゅっとシーツを握った。なんだよ、なんだよ、来るなら来いよ…そう心の中で思いながらも、恐怖で全身がカチカチになっている。

黙って時が過ぎるのを待った。ずっと待っているが、それ以上は何も起きない。肩の力を抜いて周囲に気を配る。誰か、いるのか?真っ暗だぞ、俺の周りに誰がいるんだ?シーツから頭を出し、目が慣れるまで周りを薄眼で確認してするようにして様子を伺う。

「えっ」誰か、イタ…。誰かがいる。「わぁ〜!!」声を出してしまった。それを聞いて起きてくれたマンブー兄貴に柔道部同級生。そう、みんな蚊帳の中のベッドで寝ていたし、外にはいなかったのだ。

私が見たのは、ベッドの周りを歩く明らかなる日本人。かなり汚れていた。白いYシャツが焼けていたり黒ずんでいたり、傷を負った顔をして歩いていた…。そして、声を出したと同時に何処かに消えて見失ったのだ…。

それをマンブー兄貴や柔道部同級生キミやんに話す。マンブー兄貴は言った。「2週間前にこのホテルに偶然にも同じタイミングで入った●◎⚪︎ー君(超有名な巨大魚ハンターです)もここでみたってよっ」そんな事をいう。

やめてくれよ、本当に。こう言った体験って感じない人は、ほとんど何もないって聞くけど、私はヤケにこうした体験が多いのだ。だから古い掲載誌を見直していても当時の旅の様子や釣果よりも「恐怖心霊体験」ばかりの思い出が先行してしまう。

夢なのか、何なのだろうか。嘘つきにはなりたくない。でも証明するものは何もないけど、こうして文章に残す行為をしている最中から鼓動が激しくなり動悸がどうしようもなくなる。

今はなくなったけど、この時代の南太平洋エリアへの旅時は毎回「何か言葉でしか表せられない怪奇現象」が起きていた。P.N.G.は時に引きつけられた国であったし、印象強い現象ばかりであった。

●パプアニューギニア(P.N.G)渡航回数 7回
●国内通貨:キナ

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keitanhiramatsu