【中学生柔道個人戦夏予選】指導力の無さに反省し、学びを続けます。

柔道

【中学生柔道個人戦夏予選】指導力の無さに反省し、学びを続けます。

昨日、受け持っている地域中学校部活動の柔道個人予選が東海大相模武道場で行われました。

私は外部コーチとして中学校へ不規則ですが時間が許す週2〜3回を生徒と向き合っています。柔道指導の勉強をすればするほど、難しさや大変さを感じます。

その代わりに、中学生の飛躍が見えた時、生徒から大きな喜びのエネルギーがもらっています。この瞬間があるから時間を割いても頑張って向き合えられています。

時には、仕事の場面とすり合わせて指導の勉強に努めています。

魚釣りの講習会があれば、どう説明したら釣りやすさを理解してもらえるか、ファーストコンタクトはどんな具合で接したら良いか、など釣りの講習会と似ている部分もあるので、接点を見つけ出し、自身の実経験を重ねていき研究させてもらっています。

パタゴニア プロビジョンズ

魚釣りの実釣講習会は、最終的には狙ったターゲットに近付く。参加していただいた前と後との変化が感じられる様な講習会を常に意識してお客様アングラーと向き合っています。

釣りの講習会はワンデーが基本です。朝船に乗船し、沖に着いて魚をどの様に釣るか。魚を掛けるまでのノウハウ(動作)や掛けてからのやり取り、釣り上げた時の喜び、そんな手順に私のレクチャーで少しでも参加して下さった方が得られる達成感や満足感があれば、成功です。

柔道指導は魚釣りの様な一発勝負ではなく、日々の鍛錬、反復から得た技術が結果として試合に結び付いていきます。

だから即席なものではないですが、試合の日は、沖に着いて道具を魚の前に送り込む日。

絶対勝利主義な考え方をせず、またそれを表には出さないように中学生と日々向き合っていますが、柔道は武道であり相手を倒すと言う結果に勝敗を付けなくてはなりません。だから、日々の鍛錬が必要になってきます。

生徒たちは、試合の日を目標に毎日部活動で技を磨いてきました。ですから、誰も助けてあげられない畳の上に立たすまでしか、手を差し伸ばせられません。

畳の上に立つのは、プレイヤーひとり(相手と)。試合開始になれば、自分がこれまで稽古を重ねてきた事しか手段はありません。場外から見守り、タイミングでアドバイスを発する事しか出来ないのです。

でも生徒たちは、同じ中学生に果敢に組み合い、技を出して闘ってくれました。

ひとりの生徒は、試合後に泣きながら「悔しい」と気持ちを発してくれた。本当に緊張し、もしかしたら怖かったのだろうな、そんな感情も伝わってきた。

他の生徒たちも、自分の階級できっと全力で戦ってくれたのだろうと思います。

しかし、試合は必ず結果が付きます。負けた生徒たちの心に涙があったのは、間違いなく悔しさが感情で表れたから。だから涙が出て、本人の気持ちを表現してくれたのでしょう。

私は生徒たちに申し訳ない、そればかり。それしか無かった。試合で怪我をした生徒もいました。怪我をさせてしまったのは、指導者のこれまでのケアが足らなかったから。指導者の指導力不足に尽きます。

魚釣りで大型の魚を掛けた時に糸が切れてしまえば、それはアドバイスしていた私の責任です。

私を信じ講習会に参加してくれた人が、講習通りにして魚を掛けても、糸に傷があり切れたら、私の指導力ミスになります。

未然に防げた事だからです。糸(仕掛け)の確認する作業が怠った結果になってしまいます。

その方が「大きかったよ、悔しいよ」と発する感情、これは試合に向き合い投げられて戻ってきた生徒が「強かった、悔しいです」と同じになると思います。

もっと接して柔道指導をしてやりたかった、この場合こうしたら、と言ったアドバイスが足らなかった、と今更ながら「タラレバ」を逃げにして昨夜反省しても、もう夏の予選は終わってしまったのだ。

私の指導力不足で中学生に傷を付けてしまったと思うと申し訳ないばかりです。

魚釣りは、掛けるまでのプロセス、掛けてからのプロセス、と柔道指導とは違うスタイルになりますが、人に満足感を得られる事は変わりありません。

目標にしていた1勝。掛けた魚を釣り上げる1尾。到達して得た満足は心に残るひとつだと思います。それが昨日の中学生試合には繋げられなかった。

本当に申し訳ない、と自問自答し、出た答えは「またコツコツと丁寧な指導を続ける事」だと。

柔道指導力の無い私ですが、生徒たちの心の中で忘れられない嬉しい瞬間を得てもらいたい為にも、指導を学ぶ事をやめず、生徒たちと向き合って行きたいと感じた一日でした。

※掲載してある柔道画像は、本文と関係ありません。イメージです。

パタゴニア

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