【お父さん、道場行こうよ】長男と古巣の吉原道場へ。

柔道

【お父さん、道場行こうよ】長男と古巣の吉原道場へ。

8月に入り、日中は暑い日が続いています。仕事場で最終決算報告作業に追われ、肩は凝り首もガチガチ…。こんなタイミングで柔道が出来るならと喜んでお誘いを受けたのです。

長男は来月に開催される実業団個人の試合を控えており、出稽古先が見つからず困っていたと。普段はまず言わない道場へ、と言い出したのでどうしたのかなぁとも思いながらも、本人にそれなりの理由があるのだろうとあまり深く追求はせず、稽古時間を見計らって道場に向かったのでした。

少年部は19:00から。青年部は20:30開始。当然ですが少年部は誰ひとり知ってる生徒さんはおらず、少し気になった際は声をかける程度でした。

青年部の時間になり、中学生らが集まってきた。高校生の代になると、以前私が指導してきた子の顔がみえる。久々にここの畳の上で会えお互いに嬉しくなった。そのタイミングで長男も道場入り。

この吉原道場は長男がきっかけで私も絡む様になった。私は大学を卒業し「二度と柔道衣は着ない」と誓った18年後の42歳で癌。生死を彷徨うステージからの復帰に抗がん剤治療で膨れ上がった身体のリハビリに、と長男が通っていた吉原道場で受身でのリハビリをやらせてもらう。

それから柔道復帰となり、現在に至るワケですが長男がもし柔道をやっていなければ、私の柔道復帰もなかったし、この道場とも絡むこともなかった。

こんな縁で繋がり現在に至るのですが、その長男からのお誘いが今回なだけに気持ちも朗らかになっていたのでした。

パタゴニア

長男の打ち込みを受ける。柔道衣の下にはサウナスーツを着込み、ガッツリ動く準備が出来ていた。打ち込みを受け、乱取り。最初は中学生や居残りの小学生高学年の生徒たちに身体を貸してきたが、やっぱり長男の稽古にはならない。

私みたいなオッさんでも小学生や中学生よりは稽古相手になる。長男との乱取り。吉原道場で長男と乱取りをするのは、彼がまだ高校生だった頃。

当時は投げることが普通に出来ていたが、大学卒業してからの実業団柔道になってからは、もう投げる事は出来ないし、投げられない様にするのが必死。

相四つ組み手なので、入りの組み手で誤魔化すがチカラでねじ塞がれ有利な組み手に持っていかれる。そして投げられ…。

光明学園の様な広い柔道場ではなく、町道場だから動けるスペースも限られ、いつもの様にのびのびとした柔道は出来ない。密着型に近い柔道。

暑いし気を抜いたら投げられるし、周りに小学生も居たりして「あ〜、吉原道場ってこんな感じだったなっ」と思い出しながらの乱取りだったのでした。

最後は懐かしい生徒たちと写真を撮り終了。

ある生徒が「吉原で平松先生の練習が一番きつかった。あれを乗り越えたから強豪校での稽古は普通にやってこれました」と。

この言葉、全く同じ事を自分の道場恩師に話した事がある。その言葉を思い出し、懐かしさと胸が熱くなる衝動に駆られたのでした。

超久々の吉原道場。次はいつになるかわからないけど、次男坊が帰省してきたら長男、次男坊と共にここで乱取りしたいなぁ、と感じた夜だったのでした。

パタゴニア

タイトルとURLをコピーしました